名曲『異邦人』と姉の記憶

 こばとは歌が大好きなので J-POP も洋楽も何でも聴いて楽しんじゃうけど、姉は聴く曲といえばクラシックばかりで、基本的に流行歌には全く興味を示しません。でも、そんな姉が心の底から気に入った名曲もあるのです。
 

ザ・ベストテン

 あれは確か 80 年代を目前に控えた 1979 年の暮れ頃だったと思います。当時は姉とこばとは同居していて、炬燵に入りながら一緒にテレビを見ていました(というより姉は読書していて、こばとだけがテレビに夢中になっていたんだと思います)。当時は『ザ・ベストテン』という歌番組が大人気で(若い人は知りませんよねー)、こばとも毎週欠かさず見ていたのです。その番組で
「子供たちが空に向かい、両手を ...... 」
という歌が流れ出したとき、突然姉が本から視線を上げ、食い入るようにテレビ画面を見つめだしたのです。そして曲が終わると、
「美しい人ね。そして美しい曲ね」
 姉は心からの賛辞を口にしました。こばとはびっくりして姉の顔を見ると、その目元に小さな涙の雫を浮かべていたのです。こばとはその涙は見なかったことにして、少し戸惑いながら「うん。いい曲だよね」という言葉だけ返しました。
 

異邦人

 姉が手放しで絶賛したその曲のタイトルは 『異邦人』
 その年に歌手としてデビューしたばかりの 久保田早紀 さんによる作詞作曲です。何しろあの姉がそこまで褒めるぐらいですから、それはもうただならぬほど上品な女性なのです。こう言ってはなんだけど、あの騒がしい芸能界には似つかわしくないような、とても穏やかな気品を纏う女性でした。気になる人はネットで検索してみてね。
 

涙の理由

 その日を境に姉は久保田早紀さんの大ファンとなり、レコードもカセットも買って、毎日繰り返し聴くようになりました。もちろん、こばとも 『異邦人』 が大好きなので、聴きながら歌詞を口ずさんだりしていました。ただ、やはり姉がそこまで入れ込むのは、名曲だという以外の理由があったのではないかと思っています。あのとき姉が涙を浮かべた理由。それはもしかすると「異邦人」に自分を重ねていたのかもしれません。

 言葉も風習もまるでわからない世界をたった1羽で彷徨った記憶。
 不安な気持ちを慰めてくれた清少納言様の温かな手のぬくもり。
 そして、抱えてきた卵の孵化を待つ必死の願い。

 そうした感情が一斉に心に押し寄せてきたのではないかなと、そんなふうに思ったりしています。こばとはこちらの世界で孵化したので、自分が異邦人であると感じたことはありません。でも姉は心の片隅にずっと「異邦人」を抱えて生きてきたのかもしれません。それはこれまで千年の月日が経っても失われなかったように、この先の千年も消えずに残り続けるのだと思います。

 もしかすると姉がこの記事に目を止めることもあるかもしれませんけど、たぶん、そっと微笑むだけで何も言わないような気がします。こばとも、あの時の涙の理由を直接姉に尋ねることはないでしょう。たとえ姉妹同士であっても、お互いに口にしないほうがいいこともあるのです。

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