清原さんは「日本後記」や「令義解」の編纂に携わりました

初代清原さんは「日本後記」や「令義解」の編纂に携わりました

 天武天皇の子孫(舎人親王の曾孫)に右大臣夏野という人がいて「清原真人」の姓を賜りました。この 初代清原さん は「日本後記」や「令義解」の編纂に関わるなど、たいそう偉い人だったのです。その子孫に三六歌仙の1人にも選ばれた清原元輔という優れた歌人がいました。その娘さんが、こばとの育ての親である清少納言様なのです。清少納言様は「こまやかなるものが言の葉とひたるはいとうつくし(小さい生き物が言葉の意味を尋ねるのはとても可愛らしい)」という意味を込めて、私に「こばと」という名を授けてくれました。ですから、こばとは「清原」という姓にたいそう思い入れがあるのです。

難読苗字クイズ【問題】

 今回は③と④が難しいかな。

 ①競 ②紀國谷 ③京小 ④清柳 ⑤木節

 解答は記事の一番下にありますよ。

【架空人名簿】清原、亀川田、北島

架空人名簿(清原、亀川田、北島)
男性 女性
氏名 ふりがな 氏名 ふりがな
亀川田 康太郎 きかわだ こうたろう 木甲斐 愛 きかい まな
木切倉 正和 ききりくら まさかず 菊里 綾菜 きくさと あやな
菊義里 智仁 きくぎり ともひと 喜久里 由姫子 きくざと ゆきこ
菊繁 大樹 きくしげ だいき 菊次 良恵 きくじ よしえ
菊丸 開 きくまる かい 木嵜 真尋 きざき まひろ
鞠本 純也 きくもと じゅんや 鬼崎 唯衣 きざき ゆい
菊守 雄真 きくもり ゆうま 来住 華奈子 きし かなこ
木香 康祐 きこう こうすけ 岸住 みほ きしずみ みほ
喜佐美 真大 きさみ まひろ 岸浜 永理子 きしはま えりこ
競 文哉 きそう ふみや 來嶋 佳代子 きじま かよこ
北ケ崎 勇希 きたがさき ゆうき 記島 賀奈 きじま かな
北子 和人 きたご かずと 北恵 梢 きたえ こずえ
北越 忍 きたこし しのぶ 北賀 夕夏 きたが ゆうか
北所 宙 きたじょ そら 北熊 重子 きたぐま しげこ
来代 涼太 きただい りょうた 北沢 冴 きたざわ さえ
北塔 晃大 きたづか こうだい 北島 かずこ きたじま かずこ
北坪 和輝 きたつぼ かずき 北添 華蓮 きたぞえ かれん
北野井 栄作 きたのい えいさく 北泊 敦子 きたどまり あつこ
北熨斗 聖 きたのし ひじり 北渕 涼花 きたぶち すずか
北坊 大空 きたのぼう そら 北淵 みか きたぶち みか
基太村 魁人 きたむら かいと 吉文字 紗帆 きちもんじ さほ
北湯口 正宗 きたゆぐち まさむね 吉貝 七都 きっかい なと
木塚 和志 きづか かずし 鬼辻 理紗 きつじ りさ
機道 英一 きどう えいいち 橘谷 美雪 きつたに みゆき
城戸崎 昇 きどさき のぼる 奇藤 玲 きとう れい
木苗 天馬 きなえ てんま 木籐 まるみ きどう まるみ
喜名田 直太郎 きなだ なおたろう 亀徳 彩葉 きとく いろは
絹野 豊 きぬの ゆたか 鬼寅 かなえ きとら かなえ
杵崎 俊祐 きねざき しゅんすけ 杵村 可奈子 きねむら かなこ
城代 佑哉 きのしろ ゆうや 紀ノ国 沙羅 きのくに さら
木春 省吾 きはる しょうご 紀伊国屋 綾 きのくにや あや
氣比 和哉 きび かずや 紀國谷 好子 きのくにや よしこ
木節 颯馬 きぶし そうま 喜葉 理奈 きば りな
木股 匠 きまた たくみ 起原 宮歌 きはら みやか
君崎 竜馬 きみさき りょうま 岐部 雪子 きべ ゆきこ
喜文字 太朗 きもんじ たろう 君村 花梨 きみむら かりん
給下 徹 きゅうした とおる 木山沢 史音 きやまざわ ふみね
喜友名 和徳 きゆな かずのり 喜屋武 祐貴子 きゃん ゆきこ
卿右近 息吹 きょううこん いぶき 清位 沙奈 きよい さな
京家 煌太 きょうか こうた 京尾 純子 きょうお じゅんこ
京黒 達也 きょうぐろ たつや 京寛 亮子 きょうかん りょうこ
京小 心 きょうこ こころ 京道 せつこ きょうどう せつこ
杏橋 陽人 きょうばし はると 教場 かのん きょうば かのん
行名 慎也 ぎょうみょう しんや 清上 羽菜 きよかみ はな
清蔭 真太郎 きよかげ しんたろう 清黒 千鶴 きよくろ ちづる
曲輪 一心 きょくわ いっしん 清 葉奈 きよし はな
清原 克己 きよはら かつみ 巨瀬 園巳 きょせ そのみ
切通 竜也 きりどおし たつや 清柳 しおり きよやなぎ しおり
桐花 僚 きりはな りょう 桐腰 めぐみ きりこし めぐみ
黄波戸 駿太 きわど しゅんた 金田一 紗和 きんだいち さわ

 

亀川田(きかわだ)

 おそらく亀がたくさん住んでいる川や田んぼのことだと思います。でも世間には木川田さんや黄川田さんもおられるので異字かもしれません。

北島(きたじま)

 出雲の豪族にアメノホヒノミコトを始祖とする北島氏がいました。出雲が大和に国譲りをしたとき、北島氏は出雲国造(イズモノクニノミヤツコ)として祭祀を司るよう仰せつけられたのです。一族はたいそう栄えましたが、南北朝時代には孝宗と貞孝が兄弟争いを始めて、それぞれ千家、北島を名乗るようになります。こうして一族は二分されたまま互いに相続を争いながら併存する時代が長く続きました。明治になると、北島氏は国造の職を解かれて男爵に列せられたようです。
 北島姓といえば競泳の北島康介選手や歌手の北島三郎を思い浮かべる人も多いと思いますが、他にも多くの北島さんが歴史に足跡を残しています。
 こばとの知り合いに北島見信(きたじま けんしん)という人がいます。幕府天文方として働きながら、元文 2 年(1737)に『紅毛天地二図贅説』(西洋の天球儀・地球儀について解説)を著しました。こばともちょくちょくお邪魔して、宇宙について色々なことを語り合いました。でもこちらが話す内容には十分注意しなくてはならないので、ちょっと肩が凝りましたね。姉から「余計なことは絶対に言うな!」と釘を刺されていたので、間違っても「太陽のエネルギー源は核融合なんだよ」などと口を滑らせることはしませんでした。
 北島雪山(きたじま せつざん)という書家も活躍しました。近年では北島正元(きたじま まさもと)という日本近世史家が幕藩体制について研究し、『江戸幕府の権力構造』などを著しています。

紀国屋・紀伊国屋・紀國谷(きのくにや)

 江戸時代の豪商、紀国屋文左衛門(きのくにや ぶんざえもん)はたいそう有名な割には、なかなか謎の多い人物です。「2代にわたる人物を指すのだ」と言う人もいれば、「いいや。1代限りだ」とおっしゃる方もいます。1人か2人かさえ分からないのだから、邪馬台国以上に謎かもしれません。冗談はさておき、この人は紀州(現在の和歌山県)熊野の出身で、みかんを江戸に運んで富を蓄えたと言われています。でもそれすら真実なのかどうか定かではありません。後に材木を扱うようになって巨万の富を得ましたが、豪遊でお金をばらまいて家を傾かせて晩年は隠棲して余生を送ったとのこと。

金田一(きんだいち)

 金田一京助さんはとっても偉い国語学者でアイヌ語の研究者です。そのご子息の春彦さんは日本各地を回って熱心に方言を研究されました。そのまたご子息の秀穂さんは、よくテレビに出ている人です。ちなみに金田一耕介は推理小説に出てくる探偵さんです。岩手県二戸市に金田一という地名がありますが、昔はそのあたり一帯を金田一氏が支配していたようです。

北泊 敦子さんのプロファイル

 今回の Profile は北泊 敦子さんです:

 氏名:北泊 敦子(きたどまり あつこ)
 性別:女 血液型:O 職業:女優
 生年月日:1981年12月21日 年齢:34
 出身地:京都府京都市中京区壬生花井町
 住 所:佐賀県小城市
 趣味:ロードレース 特技:利き酒

 女優さんです! 趣味はロードレース!? 豪快ですねー。
 しかも特技は「利き酒」ですから、男っぽい性格なのかもしれませんね。

難読苗字クイズ【解答】

 ①きそう ②きのくにや ③きょうこ ④しおり ⑤きぶし
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