北の庄城址で悲しい記憶が蘇りました

≪ 第5話「福井恐竜博物館」

越前の旅⑥ 北の庄城址で蘇る記憶

 今日の午後は小夜子さんたちと別行動させてもらいました。
 どうしても1羽で訪れておきたい場所があったからです。
 行きついた先は建物が立ち並んでいて、ただ片隅に、かつてそこにお城があったことを示す「北の庄城址・柴田公園」がひっそりと佇んでいるだけです。
「ここが北ノ庄城のあった所ですか。もうあれから四百年以上の歳月が過ぎたんですね。市姫様、こばとは戻って来ましたよ」
 こばとは園内に据えられたお市の方の像に向かってぽつりと零しました。
「まだ尾張に居た頃から、市姫様とは南蛮の話をしたり、一緒に和歌を作ったり、色々楽しかったですよねー。勝家様には天下の行末について、こばとなりの持論を語ったりしましたけど、こばとはちょっとだけおしゃべりが過ぎたのかなー。勝家様の『だまっとれ!』という怒鳴り声が懐かしく思えますねー」
 そんなことをつぶやきながら、ただ当てもなく公園をふらふら飛び回っていました。そして脳裏に当時の光景が蘇ります。同時にまた迫りくる羽柴秀吉の軍勢を本丸から眺めていたときの恐怖も蘇ってきました。
 

乱世の記憶

「さあ、これでお別れです。あなたには羽根があるのですから、そこから飛んでお逃げなさい」
 市姫様は諭すように言いました。
「こ、こばと、ここにずっといるよ? 市姫様のそばにいるよ?」
 本当はとても怖かったけれど、自分だけ逃げることはできないと思って、必死にそう訴えました。
「震えているわね、かわいそうに。あなたは公家の生まれでしょう? 武家の流儀に従うことはないのです。さあ。お急ぎなさい。この城はもうすぐ火に包まれます」
 その言葉に、こばとは心臓を射抜かれたような衝撃を受けました。市姫様は、敵(秀吉)に城を明け渡すぐらいなら、自害してこの城を燃やしてしまおうという覚悟を口にしたのです。こばとは頭を振って市姫様の膝にしがみつきました。
「姉君を悲しませてはなりません。紫蝶殿は誰よりもあなたの身を案じておられるはずです」
 市姫様は手の平で優しくこばとを包むと、外へ手を指し延ばします。
「行きなさい! さあ早く!」
 こばとは泣きながら空へ向かって飛び立ちました。
 振り返ると、市姫様はほっとしたように優しく微笑んでいました。それからまた、ずっとずっと泣きながら飛んで行き、城から離れて行ってもう1度振り返ると、北ノ庄城は深紅の炎に包まれていました。
「市姫様ー!!」
 こばとは燃え盛る城のほうに向かって力の限り叫びました。
 

生きていて良かったです

 こばとは公園を何周かしたあと、またお市の方の像の所に戻ってきて心の中で語りかけました。
「あのあとね、下野まで落ちのびて、それから姉さんと再会できましたよ。それからしばらくすると戦乱の時代は終わってね、徳川様の世となって平和な時代が続きました。でも、こばとはやっぱり織田家の天下で暮らしたかったと今でもずっと思っています。もし織田幕府だったら、日本全国に安土のきらびやかな文化が広がっていたんじゃないかなあって、そんなことを今でも想像することがあります。そろそろ帰りますね。ええとね、それからね、やっぱりこばとは生きていて良かったなって思います。市姫様のおかげです。本当にありがとう」
 こばとは袖で涙を拭って公園をあとにします。それからしばらく街中をゆったり飛んでから旅館へ戻りました。そしていつもの明るいこばとに戻って
「温泉入って、ゆるゆる、ほかほかしましょー!」
て言いましたよ。小夜子さんは
「こばとちゃんには悩みがなくていいわね」
と呆れていました。

 ≫ 第7話「最後の宴?」

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