姉の誇り

≪ 第4話「お腹が空きました」

幸恵ちゃんの思い出 第5話「姉の誇り」

田之倉良江(たのくら よしえ)
 こばとちゃん、妖精さんなのにモンペが似合うわねえ。

こばと
 この非常時ですから、ちゃらちゃらした服なんて着ていられませんよー。姉さんも早くモンペを穿いてくださいなー。

かばね
 ...... 絶対にいやよ。

良江
 かばねさんには似合わないでしょう。
 こばとちゃんとは違うから。

こばと
 ...... どういう意味ですか?
 まあ、いいです。朝御飯をいただきましょー。
 ん? んん? 何か麦ご飯に舌触りの悪いものが入ってますよ?

良江
 サツマイモの蔓(つる)よ。
 少しでもかさが増えるかと思って。

こばと
 蔓なんて食べる所じゃありませんよー!
 えーん、えーん、いやんなっちゃうな、もう!
 ライスカレーが食べたいな! すき焼きが食べたいな!
 明治・大正時代が懐かしいなー!

かばね
 黙ってお食べなさい!

 こんなふうに際限なく生活が悪くなってくると、さすがにこばとも時々は「もしかして負ける?」という思いが脳裏をよぎったりもしましたけど、すぐに頭を振ってそんな不謹慎な考えを振り払いました。さて、そんな重い空気が漂うある日のこと。姉が当時の勤め先へ向かう途中で非常に不愉快な思いをしたことがあったのです。

憲兵
 おい、そこの!

かばね
 わたくしのこと?

憲兵
 そうだ! おまえ以外に誰がいるか!
 ふわふわ飛んで怪しいやつめ!

かばね
 ふわふわなどしておりません。仕事に向かう途中です。

憲兵
 仕事だと? 勤め先を言え!

かばね
 帝国図書館(現国会図書館)よ。

憲兵
 帝国図書館だと!? その金髪に青い目 ...... 貴様、まさか機密文書を盗もうとたくらむアメリカのスパイではあるまいな!?

かばね
 馬鹿馬鹿しい。急いでいるので失礼いたします。

憲兵
 馬鹿馬鹿しいとは何だ、貴様! ちょっと来い!

 こんな詰問をされたところで「およよ」と泣くような姉ではありません。憲兵が姉の羽根に触れようと指を伸ばした瞬間、とうとう姉の怒りに火がつきました。

かばね
 無礼な! わたくしは公家の出ですよ!

憲兵
 く、くげ?

かばね
 一条天皇より「紫蝶」の名を授かって以来、この国で悠久の時を生きてきたのです! そのわたくしを捕まえて逆賊扱いとは無礼千万! あなたたちこそ帝を唆して、この美しい国を破壊へと導く国賊ではありませんか! 人は短命であるゆえに過ちを犯すものだと、これまで黙っておりましたが、もはやその愚かさにも愛想が尽きました! あなたの名前は!?

憲兵
 は? 猶木基次郎でありますが?

 別に名乗らなくてもいいのに、憲兵さんは姉の剣幕に押されて名を告げてしまったようです。

かばね
 あとで憲兵本部へ伺って、あなたの上役とじっくりお話します。

憲兵
 い、いえ、けっこうであります!
 お勤めご苦労様であります!

 「これはまずい」と思った憲兵さんは慌ててその場を去って行きました。それから勤めを終えて、不機嫌な様子で事の始終を話し終えたあと、姉はこばとの顔をしげしげと眺めて溜息をつきます。

かばね
 あなたも公家なのよねえ。

こばと
 そうだよ? 品があるでしょ?

かばね
 千年も生きてきたのよねえ。

こばと
 そうだよ? 長生きしたから風格が備わってるでしょ?

かばね
 はあ。

こばと
 ??? それにしても毎日毎日お腹が空いてたまらんですねー。

かばね
 毎日毎日、同じことばかり言わないでちょうだい。

 ≫ 第6話「疎開」

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