宗一郎君の小説

≪ 第9話「ガキ大将の涙」

幸恵ちゃんの思い出 第10話「宗一郎君の小説」

 東京に帰る日がやってきました。義助さんの操る馬車が駅に到着します。宗一郎君も見送りに来てくれました。米や野菜をたくさん詰めた袋を背負った幸恵ちゃんが、泣いている三郎君と信男君を慰めます。

幸恵
 少しの辛抱だから。すぐに迎えに来るからね。
 地元の子たちと喧嘩しないで仲良くするのよ。

三郎
 ...... うん。

信男
 かばね姉ちゃん、いつむかえに来てくれる?

かばね
 あと半年か1年だと思う。
 この国も戦争を続ける余力なんてほとんどないから。

 姉はそう言いましたが、日本はこのあとまだ2年以上も粘って戦争を続けたのです。

宗一郎
 ...... かばねさん、これ。

 宗一郎君が封筒を姉に手渡します。

かばね
 あら? 何かしら?

こばと
 恋文ですかねー?

宗一郎
 ちがう! とにかく汽車の中で読んでくれ。

かばね
 それじゃあ、宗一郎君、身体に気をつけて。
 あまり喧嘩しないでね。それから三郎君と信男君をよろしくね。

宗一郎
 わかっとる。2人をいじめる奴がおったら俺が承知せん。

かばね
 ...... できれば喧嘩以外の手段で解決してちょうだい。

こばと
 姉さん、そろそろ乗らないと。

かばね
 ええ。

 こばとたちは揃って汽車に乗り込みます。まもなく汽車がゆっくりと動きだしました。窓から身を乗り出して宗一郎と義助さんの姿が見えなくなるまで手を振り続けました。そのあと姉は宗一郎君からもらった封筒から折り畳んだ藁半紙を取り出します。紙が貴重だったせいか、あるいは姉が読みやすいようにと配慮したのか、とても小さな字がびっしりと書き込まれていました。

こばと
 何が書かれているんです?

かばね
 ...... 小説ね。あの子、自分でも小説を書いていたんだわ。

幸恵
 あんなに小さい子が小説を書くなんてすごいですね!

こばと
 内容は面白いですか?

かばね
 慌てないで。今からじっくり読むから。

 姉もこばとも、その気になれば高速で文章を読み込むことができますが、この時の姉はゆっくり時間をかけて、終わりがくることを惜しむかのように丁寧に文を追っていました。そうして1時間ほどが過ぎて ......

かばね
 作家を志す少年の終戦後の人生を綴っている。
 まだ粗削りだけど読者を引き込む力がある文章よ。
 知らずに読めば、10歳の子が書いたとは思えないでしょうね。

幸恵
 あの子、漱石のような偉い作家さんになるんですか!?

かばね
 軽々しいことは言えないけど、才能の磨き方次第では、もしかすると ......

こばと
 すごいですねー! 楽しみですねー!

かばね
 でも敗戦後の日本で小説を書き続ける余裕があるのかどうか、それはまた別問題よ。宗一郎君もこの短編でそういうことを書いているの。

こばと
 ですから「敗戦」とか不吉なこと言わないでくださいなー!
 きっとこの戦争に逆転勝利してー、皆で「大日本帝国万歳」と叫んで-、いくらでも好きなことをして生きていける時代がきますよー。

かばね
 ...... いったいどうやったら、そんな楽天的な未来像が描けるの?

幸恵
 でも私だって、やっぱり戦争に勝ってほしい。
 そうでないと、戦地にいる兵隊さんたちは何のために ......

かばね
 ええ、そうね。私も宗一郎君の未来のためなら、我が国を勝利に導くために ...... たとえその可能性がわずかであっても、何でもしてあげたい。いいえ、しなければならない。もう悠長なことは言っていられない。

 このときの姉の口調には思わず聞く物を震え上がらせるほどの凄味がありました。
 姉は何かとても大きな決意を固めたようです。日本を戦争に勝たせるために ......

こばと
 ね、姉さん、まさか!?

 ≫ 第11話「二号研究」

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