月小路家の人々

≪ 第1話「通夜」はこちらです

幸恵ちゃんの思い出 第2話「月小路家の人々」


 何か手伝うことはないのかい?

八千代
 もう段取りは全部すませてあるから、気にしなくていいわよ。

 幸恵さんの長男、つまり八千代さんのお父さんである正太郎君が居間に戻ってきました。

健次郎
 おう、兄さん。どこ行ってたんだ?

正太郎
 ああ、ちょっと葬儀屋と打ち合わせしてたんだ。
 明日の段取りについて確認しておきたいことがあってな。

八雲
 伯母さんは?

八千代
 今になって疲れがきちゃったみたいで、少し奥で休んでる。
 まだ色々やりたがってたけど、私が強引に休ませた。

健次郎
 正太郎と若菜さんには、おふくろの世話も任せっぱなしだったし、本当に申し訳ないと思ってる。

正太郎
 ま、口だけならなんとでも言えるさ。

健次郎
 そんな言い方はないだろう。

かばね
 こんな時に兄弟喧嘩なんておよしなさい!

正太郎、健次郎
 ...... はい。すみません。

八千代
 いいのよ、叔父さん。「その代わりに、こんな広い家住まわせてもらってるんだし」と母はいつも言っておりました。

 ちなみに八千代さんは1度結婚ましたが、12年前に旦那さんと別れて今は実家で暮らしています。

八雲
 広いとはいっても相当に古い家だしなあ。
 隙間風もあってけっこう寒いし。

哲雄
 さすがにひいばあちゃんぐらいの年になると、知人や親族も半端なく多いね。
 向こうのテーブルには名前と顔が一致しない人もたくさんいる。

八雲
 おいおい。今ここに残っているのはほとんど親族だけなんだから、しっかり覚えておいてくれよ。

かばね
 そういえば哲雄君、来年は大学受験ね。勉強頑張ってる?

哲雄
 うーん。無理っぽい。浪人すっかな。

八雲
 おいおい、勘弁してくれ。うちはあと2人が1年おきに受験するんだから、浪人なんぞされたらたまらん。

哲雄
 そんなこと言ったってさ。


 そういえば僕も昔、かばえねちゃんに入試のこと心配されたな。
 懐かしいよ。まるで時が繰り返されているようだ。

八雲
 こうやって並ぶと、おさむ君と哲雄は面立ちが似てるなあ。

哲雄
 頭の中身が全然違うけどね。

八雲
 ...... 自分で言うなよ。情けない。

かばね
 大事なのは志よ。まだまだ若いのだから、今から奮起すれば、たいていの目標はかなうはずよ。海外に留学して見聞を広めておくのもいいかもしれないわ。

哲雄
 別に海外とか全然行きたくないよ。
 外国人と話すとかすっげえ苦手だし。

健次郎
 いやあ。おさむ君だって外国で生活してるんだし。

哲雄
 そりゃ、おさむさんは東大卒だし。

八雲
 いや、頭のことじゃなくて性格がさ。

健次郎
 そうそう。子供の頃はほとんど誰とも会話できないほど引込み思案だったんだ。

八雲
 正月に親戚が集まったときなんて、2つ年下の俺が「外で遊ぼうよ」とせがんでも、はっきりしなくてさ。


 八雲君に強引に外へ引っ張りだされて、凧揚げに付き合わされたこともあったね。

八雲
 そうそう、おさむ君が一度も凧揚げしたことないっていうから、本当にびっくりしたよ。


 でも教わってるうちに本当に面白くなって。

八雲
 そういえば、最後は本当に楽しそうに笑ってたな。でも最近の子供はもう凧揚げなんてしないほうが普通になっちまったなあ。かといって修君みたいに読書するわけでもなく、どこの家の子もスマホでゲームばかりだ。


 ちょうと僕たちぐらいの ...... 50歳前後ぐらいの世代を境に変わったような気がする。僕が高校生ぐらいの頃にテレビゲームが流行り出したし。

八雲
 時代の流れとはいえ、何か寂しい気もするな。
 そういえば信明君と理紗ちゃんは?


 友人に預けてきた。

汐里
 子供たちも日本に帰りたがってたけど、こういう状況じゃ落ち着かないし。学校もあるから。

 おさむ君は結婚が遅かったので、信明君はまだ中学生です。

八雲
 信明君も理紗ちゃんも、生まれた時からずっとドイツ暮らしだろう?
 日本語は不自由なく話せるのかい?

汐里
 それはもう主人が「日本人は日本語を第一に」という主義で育てておりますから。ドイツ語より日本語のほうが流暢なぐらいで。

かばね
 おさむ君らしい子育てね。


 僕も昔、こばとちゃんからそう教わったからね。
 そうだ、こばとちゃん。会社のほうはどう?

こばと
 ん? 会社? いつもメールで書いているように、おさむ君がいた頃よりは良くなってるかな。


 ...... あんなバブル崩壊直後の状態と比較されてもね。
 ...... 葬儀が終わったら、帰国前に1度会社のほうに寄ってみようかな。

こばと
 うん。そうしてくれると嬉しいな。


 真理子さんにも会っておきたいな。

こばと
 マリちゃんは今、会社にいないよ。


 え!? ついにあの会社に嫌気がさして辞めてしまったのかい!?

こばと
 ...... ちがう。育休をとってるだけ。

八千代
 そういえばおばあちゃん、亡くなる数日前に、ちょっと妙な事を言っていたのよ。

かばね
 妙な事?

八千代
 ええ。ほら、昨年の暮れに安倍首相がハワイの真珠湾を訪問したというニュースがあったでしょう?

かばね
 ええ。

八千代
 それをテレビで見ながらね、独り言のように「こばとちゃん、戦争が終わったよ ...... こばとちゃんが言うようにはならなかったけど、もうこれからは自由に英語を勉強できるね」と言っていたわ。

こばと
 え?

八雲
 これから? おばあちゃんは結婚後も定年まで高校の教職を勤め上げたじゃないか。何を今さら。

八千代
 よくわからないけど、私が「何の事を言ってるの?」と尋ねても、ぼんやりして返事がなくて。記憶が昔に戻っていたのかもしれない。

 突然にあの日々の記憶が蘇ります。今まで忘れていたような細かなところまで、鮮やかな色彩をともなって頭の中を駆け巡ります。

 ≫ 第3話「開戦」に続きます

スポンサードリンク
末尾大型広告
末尾大型広告

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください