同義語(同意語)と類義語

同義語(同意語)は意味が同じ言葉です

 同義語(同意語)とは語形が異なるだけで 意味が同じ言葉 のことです。意味が変わらないのだからそのまま置き替えても構わないということです ...... というのは無味乾燥な文法上のお話であって、創作においてはもう少し繊細な取り扱いが必要になります。たとえば「道」と「道路」は完全に同じ意味ですから同義語です。

 (1)車のヘッドライトが暗い道を照らしている。
 (2)車のヘッドライトが暗い道路を照らしている。

 二つの文は確かに全くといっていいほど同じ意味です。

[KOBATO のつぶやき] でも、じっと見比べていると、どうもほんの少しだけ印象が違う気がします。文法ではなく感覚の世界です。とても微妙な感覚なので上手く伝える自信はないのですが、上の例では(1)のほうが適切なような気がするのです。その理由は音感にあるのではないかと考えています。「みち」が大和言葉で「道路」が漢語、という基本的な音の違いは当然あるのですが、ここではもう少し踏み込んで直前の修飾語に着目します。

 (a) kurai michi
 (b) kurai douro

 (a) の中には子音の重複はありませんが、(b) では r の音が重なっています。それぞれの単語の末尾で重なるのであれば韻を踏むことになるので良いかもしれませんが、残念ながら上の例では位置がずれています。重なりのない (a) のほうが音の収まりが良い気がするのです。もちろん、このあたりの感覚には個人差がありますから「絶対にそうだ」とまでは言いませんが、いずれにしても、たとえ同義語であったとしても収まりの良い音ほうを選択しようと意識することで、より洗練された文章を書くことができるかもしれません。基本的に大和言葉と大和言葉、漢語と漢語の組合せは音の相性が良いのですが、やはり中には例外もあるようです。
 

類義語は意味が似ている言葉です

 類義語とは 意味の似通った言葉 のことです。これは似ているだけで意味は異なるので、はっきり文脈で使い分けなければなりません。たとえば、

 (1)旅先で真理子はラタトゥイユを食べた。
 (2)旅先で真理子はラタトゥイユを味わった。

 (1)は単に「食べた」という事実を書いているだけです。美味しいのか不味いのかもわかりません。(2)は「美味しかったなー」という意味を含んでいます。ちなみにラタトゥイユはナス、ピーマン、トマト、ズッキーニなどをオリーブオイルとニンニクで炒めたフランス料理です。とても美味しいので機会があったら是非お試しくださいな。

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