開戦

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幸恵ちゃんの思い出 第3話「開戦」

 1941 年 12 月 8 日。帝国海軍がハワイの真珠湾基地を爆撃して大成功を収めたというニュースが日本中を駆け巡りました。太平洋戦争の勃発です。

こばと
 やりましたね~! ついにアメリカに正義の鉄槌がくだされましたよー!

馬見塚幸恵(まみづか ゆきえ)
 ねえ、こばとちゃん、本当にアメリカと戦争なんかして勝てるの?

こばと
 当たり前でしょー! 勝てるに決まってますよー!
 幸恵ちゃん、そんな弱気なこと言ってはいけませんよー!
 もちろん勝利のためには私たち国民の努力も欠かせません!
 こばとたちは銃後の守りとして兵隊さんたちを応援しましょー!

幸恵
 ...... かばねさん、本当に勝てるの?

かばね
 ...... 勝てないでしょうね。けれどもう後戻りできない。

こばと
 なんてこと言うんですか、姉さん!
 勝つに決まってるでしょー! ただでさえ目をつけられやすい容姿(金髪碧眼)で、不謹慎なこと言わないでくださいなー!

かばね
 ...... あなた、壇ノ浦では平氏が勝つと言い、桶狭間では今川が勝つと言っていたわよね?

こばと
 そ、それとこれとは話が別ですよ~!

 前年 (1940) から文化統制政策が施行され、外国文化に対する締め付けは徐々に強くなっていました。戦意高揚で勢い余った世論に押される形で、敵性語である英語は目の敵にされるようになっていきます。そうなると、こばとの英語塾に対する風当たりも強くなってくるわけで ......

こばと
 えー。皆さん。英語というのは敵国アメリカが使うけしからん言葉でありますから、もう教えることはできません。しかし日本には大和言葉という立派な言葉があります。こばとはこれから皆さんに美しい大和言葉を教えることにします。というわけで、本日から当塾は「日本語塾」となりました。

幸恵
 こばと先生!

こばと
 な、なんですか、幸恵さん?

幸恵
 それでは、これまで私たちが一生懸命学んできた英語は全部無駄だったということですか?

こばと
 そ、そんなことはありません。この戦争に勝つと日本はあの広いアメリカを統治しなくてはなりません。となると、そこに赴任する軍人さんや役人さんたちは、まあ敵国の言葉であるけれども、使えないと困るわけです。皆さんが将来、アメリカに駐留する軍人さんや役人さんとご結婚された場合、英語の知識は大変役に立つことでしょう。それまでしばらくの辛抱だということです。

檜谷佳子(ひのたに よしこ)
 こばと先生!

こばと
 はい、佳子さん。

佳子
 こばと先生は以前に、英語もまたとても美しく響く言葉だとおっしゃいました。

こばと
 ...... そんなこと言ったかなあ。

佳子
 確かにおっしゃいました!

こばと
 どっちにしたって、大和言葉に匹敵する言葉なんてないのねー!

佳子
 でも!

こばと
 先生に言い逆らうなんて、百年早いですよ!

佳子
 私たちの通う女学校ではまだ英語の授業があります。

こばと
 時間の問題ですよ。
 そのうち世間の圧力に押されて、なくなりますよ。
 な、なんですか、その不信感に満ちた眼差しは-!?

井家上法子(いけがみ のりこ)
 私はこばと先生の言う通りだと思います!
 今は英語などより先に学ぶべきことがたくさんあるはずです!
 こうして私たちが塾や学校で学べるのも、戦地で戦っている兵隊さんたちのおかげです! 英語ぐらいで騒ぐなんて非国民だと思います!

こばと
 さすが法子さんですねー! 良いこと言いますねー!
 何しろ、お父様は立派な陸軍将校さんですからねー。
 たいへんよく教育されておられますねー。
 それでは本日から「枕草子」について学びましょー。皆さんもご存知のように、「枕草子」の著者である清少納言様には、その昔たいへんお世話になりましてね ......

幸恵
 ...... これまで英語を教わっていたのに、今日からいきなり「枕草子」になっちゃうの?

 ≫ 第4話「お腹が空きました」に続きます

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