敵性語排斥は自発的に生まれた市民運動だったのです

 ここだけの話、というほどのこともないのですけど、こばとは太平洋戦争中は軍国少女ならぬ軍国妖精でした。
「大日本帝国は勝ちますよー! 兵隊さん、がんばれー!」
と一生懸命応援していましたよ。別に自己弁護するわけじゃないけどー、日本全国どこでもそういう雰囲気だったしー、自国の勝利を願うのは国民として自然な感情だと思うしー。まあ確かにちょっと暴走しすぎていたことは認めますけどねー。

 でもそんなこばとでも、言葉の妖精さんとしては困ったことが1つだけありました。
 それは敵性語の扱いです。敵性語というのは戦争している相手の国が話している言葉のことです。太平洋戦争では連合国の中心が米英でしたから、英語が目の敵とされていたのです。

 今でも世の中あちこちカタカナ語だらけですけど、実は昭和の初めにはすでに、明治の近代化の副産物としてたくさんのカタカナ語が世間に普及していました。シャツやハンカチ、マッチ、ゲートルといった外国由来の品々や、ゴルフやスキーなどのスポーツ用語、さらにはストップやバックといった動詞まで、すでにこの時代に使われ始めていたのです。

 さて開戦も間近の 1940 年頃には日本と米英の関係はもう仲直りできないほど険悪な関係になっていて、
「こんな無茶な要求ばかりする国の言葉が世に溢れているのは、まことにけしからん! 英語なんて我が国から全部排除しろ!」
という変てこな意識が市民の間で高まっていき、大きな社会運動にまで発展していきました。でもこれは社会運動ですから、特に法律で定められていたわけではありません。

 運動が拡大していくと、世論は政府に圧力をかけるようになります。「今すぐ英語教育なんて廃止しなさい!」という無茶な要求に対して、時の内閣総理大臣東条英機は「戦争遂行に英語教育は必須である」と拒否しています。とはいえ、世論の動向を無視できないのは今も昔も同じです。市民運動の勢いに押される形で、お役所は法的な根拠もないままに「自主規制」を始めます。文部省が教科書から親英的な表現を削除したり、外務省が外国人向けの記者会見での英語の使用を禁止したりしました。鉄道省もまた「オーライ」を「発車」、「ストップ」を「停車」というように全面的に業務用語を刷新します。

 法的根拠の全くない場当たり的な排斥措置だったので、何かとちぐはぐなことになりました。基本的に「自主規制」ですから、たとえば市民が「ストライク」を「よし」、「ボール」を「だめ」と言い換えて野球をしている一方で、当時公開された戦意高揚映画の中で普通に英語が使われていたりもしました。

 ここでクイズです!
 次に挙げる単語は、もとはどのようなカタカナ語だったでしょう?

 1.鎧球(がいきゅう)
 2.音盤(おんばん)
 3.辛味入汁掛飯(からみいりしるかけめし)

 2と3はイメージを膨らませると意外と簡単かもしれないですね。
 1が難しいんじゃないかなー、と思ってます。
 答えは記事の一番下にありますよ。

 まあ、こばとは今も昔も言葉の妖精さんですから、当時も裕福な女学生さんを自宅に招いて英語などを教えていたりしたわけですが(ちなみに女学校でも英語は選択科目として残されていました)、それなりに葛藤があったわけですよ。
「戦争に勝ったらアメリカを統治することになるのだから、英語を使いこなせる人材を育てておくことは大事です!」
と思ってみたり、
「でも今は英語より大和言葉を教えるべきかもしれませんねー」
と悩んでみたりね。あ、そうそう、そういえば、こんなこともあった。大日本婦人会(女性たちで組織された国防団体)に頼まれて
「カタカナ語をこんな日本語に変えるといいよねー」
という案をまとめて提出しようとしたら、姉さんに
「馬鹿なことするんじゃありません!」
とものすごく怒られました。結局、どの時代どの場面を切り取っても、こばとは姉さんに怒られてばっかりなんだよね。

クイズの答えです

 先ほどのクイズの答えですよー。

 1.鎧球 ⇒ アメリカンフットボール
 2.音盤 ⇒ レコード
 3.辛味入汁掛飯 ⇒ カレーライス

です! 2と3は読んで字の如くですけど、「アメリカンフットボール」は「防具をつけて行う球技」ということで鎧球なのです! よく考えたもんですねー ...... なんて感心してていいのかな。まあいいや、また次回お会いしましょー。

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