時国久茂君とこばとは専門分野が近いのです

 本日第1話「日曜日の来客」はこちらです。

時国久茂君とこばとは専門分野が近いのです

「僕と Dr.Kobato は特に専門分野が近い」
「ですね」
 こばとはうんうんと頷いてから、目の前のカップに顔を入れてコーヒーをひと口飲みました。タマゴサイズのカップも、こばとにとっては樽のような大きさなので、コーヒーをたっぷり飲めます。さすがに全部飲んだりすると、お腹がじゃぶじゃぶになっちゃうし、カフェイン摂りすぎで羽根がぷるぷるっと震えたりするので、いつも半分ぐらいは残しますけどね。
「現代英語の構造を印欧祖語まで遡って理解しようという意欲も同じだ」
「印欧語の研究は面白いですからねー」
「しかしだね」
 彼はそこでもったいつけるようにひと呼吸おいてから、
「 Dr.Kobato と僕の間には1つだけ大きな違いがある」
と言いながらコーヒーをひと口飲みます。
「は?」
 こばとはコーヒーカップの縁から顔を上げます。
 まさか「それは身長だ」とでも言うつもりでしょうか?
 そんなことを言われたら絶交するつもりでしたけど ......
「資料だよ」
 彼はそう言ったのです。身長のことではありませんでした。
 こばとは身長についてはとても敏感なのです。身長について自意識過剰だと指摘する人もいますが、それは違います。敏感なだけなのです。
「このまえ Dr.Kobato は印欧祖語からサンスクリット語にいたる変遷過程に関する論文を書いていたね。その内容には大変感心したよ。でもそれ以上に論文で言及されている参考資料が一級品だ。 Dr.Kobato は普通では手に入らないような資料を独り占めしている。これでは論文の質に違いが出て当然だ。実に unfair (不公平) じゃないかね? そうだろう?」
 これぞ正論と言わんばかりの口調で断言しました。
 いつでもどこでも自信満々。それが時国久茂君なのです。
 

ダメ!

「ひゃああ! 何を言ってるんですかー! 不公平じゃありませんよー! 姉とこばとが数百年もかけて一生懸命溜め込んだ資料なんです。とやかく言われる筋合いはありませんよー!」
 こばとは両手でカップの縁をかんかん叩きます。
「つまりだね、僕の言いたいことはだね ...... 僕にも貸して」
 あれほどもったいぶっておきながら、言いたかったことは「僕にも貸して」ということでした。小学生みたいです。
「ダメ!」
「お願い!」
「ダメったら、ダメ! 久茂君の欲しがるような資料は書庫の奥で厳重に保管されているような代物です。うちの社員さんたちだって、マリちゃん以外は立ち入り禁止なんですよ。外への持ち出しなんて、もってのほかです!」
「そこを何とか」
「しつこいですね! 何ともなりませんよ!」
「こうやって頭を下げてるじゃないか」
「口で言ってるだけで、ぺこりともしてないでしょー!」
 物を頼む時でさえ、たった1つのお辞儀もできない。
 それが時国久茂君なのです。
「わかった。貸せとまでは言わない。書庫で閲覧だけさせてほしい」
「 ...... 閲覧だけ? どうも怪しいなー。きっとそのままパクって逃げるつもりでしょー」
「ナンセンスだ! 恩師に泥棒よばわりされるなんて、実にナンセンスだよ! これから僕は何を信じて生きていけばよいのだろう! To be or not to be, that is the question. 生きるべきか死ぬべきか!」
 久茂君はそう言いながら天を仰ぎました。ピンチになると英国のお芝居のように大げさな身振りでわが身の不運を嘆く。それが時国久茂君なのです。
「きい! わかりましたよー! 本当に見るだけですからねー」
「コピーは取っていいのかね?」
「ダメ! 触るだけで崩れそうな古文書とかあるんですよー。逆さにしてコピー機の蓋でぎゅっと押すとかありえないからー!」
 こばとは右手の拳をぶんぶん振って「ありえない」を意思表示しましたよ。妖精さんの「ありえない」は本気の「ありえない」なんですよー。ぶんぶん。
「わかった、わかった。必要な箇所は僕の抜群の記憶力で頭に刻み込むことにするよ」
「 ...... 専用のデジタルカメラがありますから、それで撮影してくださいな」
 自分で抜群の記憶力とか平気で言ってしまう。
 それこそが時国久茂君なのです。
 でもこのまえ「チョーサーの学徒会」で昔の教え子たちが集まったとき、久茂君の奥様は「近頃は主人も本当に物忘れが多くなって」と話していました。やっぱり久茂君だって年齢には勝てないのです。

 ⇒ 第3話「秘密の書庫」へ続きます。

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