ガキ大将の涙

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≪ 第8話「鬼ごっこ」

幸恵ちゃんの思い出 第9話「ガキ大将の涙」

 その日の夕方、宗一郎君が顔に痣をつくって学校から帰ってきたので、ちょっとした騒ぎになりました。

かばね
 宗一郎君、どうしたの!?

宗一郎
 ...... なんでもない。

かばね
 なんでもないこと、あるもんですか!
 こんな大きな痣つくって!

義助
 また喧嘩したんですかい、坊ちゃん?

宗一郎
 向こうから仕掛けてきたんだ。

かばね
 誰にやられたの?

義助
 越須賀(こいすか)んとこの、政吉(まさきち)ですよ。
 このへんの子供たちを仕切ってる乱暴なガキ大将でね。

こばと
 どう考えたって勝てっこないのに、なんで喧嘩なんてするんですか?

宗一郎
 俺は悪くないんだから逃げる理由はない。

こばと
 負けん気が強いですねー。

かばね
 それで、その政吉君はどこに住んでいるの!?

義助
 村の東のはずれに住んどりますけど ......

こばと
 ち、ちょっと、姉さん、どこへ行くんですかー!?

 こばとは慌てて姉のあとを追いました。

越須賀佐和
 どちらさまで?

かばね
 善知鳥さんとこでお世話になっている者よ。

佐和
 善知鳥様んとこの!?
 まさか、政吉が坊ちゃんに乱暴なことを!?

かばね
 ええ。散々に殴られたみたいね。

佐和
 政吉! おまえはどこまで馬鹿なんだい!?
 善知鳥さんとこの坊ちゃんに手を上げるなんてさ!!

かばね
 そういうことではないでしょう!
 政吉君、そこへお座りなさい!

政吉
 な、なんだよ!?
 何で俺がこんな変な生き物に説教されなきゃなんないんだよ!?

かばね
 いいから、お座りなさい!
 どうして宗一郎君をいじめるの!? 理由をおっしゃい!

政吉
 だって、あいつ生意気なんだよ。
 俺たちが訓練に誘ってやってんのに、いつも断るんだ。

かばね
 訓練? 何それ?

政吉
 兵隊の訓練に決まってるだろ。

こばと
 要するに戦争ごっこですよ、姉さん。

かばね
 くだらないわね、まったく。

政吉
 くだらないとは何だよ! いつでも鬼畜米英と戦えるように、今のうちにしっかり訓練してるんだ!

こばと
 なるほど。その心がけは立派ですね。

かばね
 あなたは黙っていなさい!

こばと
 はーい。

政吉
 それにあいつ、このままだと日本は戦争に負けるとか言いやがるんだ。
 そんなこと言うやつは非国民だ!

こばと
 確かにね。

かばね
 こばと!!

こばと
 はいはい。もう黙っていますよ。

かばね
 自分より腕力の弱い相手を殴るなんて、それが日本男児のすることなの!?

政吉
 そ、それは ......

かばね
 とにかく! 今度うちの宗一郎に手を出したら許しませんよ!

こばと
 ...... うちのって。宗一郎君は姉さんの子じゃありませんよ。

かばね
 それからね、宗一郎君は非国民なんかじゃないわ。
 心の底から日本の未来のことを考えている。
 できることなら、この戦争にだって勝ちたいと思ってる。
 負けたいと思ってる人なんているもんですか。でも現在の戦況を冷静に見て、このまま戦い続けるのは得策ではないと思っているのよ。

政吉
 日本は負けたりしない!

かばね
 負けるわよ。
 たぶん政吉君が兵隊に行ける年になる前に戦争は終わる。

政吉
 嘘だ! 俺は兵隊になって、この国を守るんだ!

かばね
 別の戦いが待っているわ。今から備えておきなさい。
 あなたたちの世代は屈辱に耐えなくてはならないのよ。日本人同士で仲間割れなんてしている場合じゃないでしょう。これからあなたも宗一郎君も、そして村の全員で力を合わせて生き抜いていかなくてはならないの。

 念のために補足しておくと、この頃は「戦争に負ける」ということは「アメリカ人の奴隷にされるも同然」と思い込んでいたのです。

政吉
 帰れ! この非国民妖精!
 もう宗一郎をいじめたりしねえから、とっとと帰れよ!

 政吉君の目には涙が浮かんでいました。
 姉の言葉に少なからずショックを受けたのでしょう。
 いえ、この時はこばと自身も姉の意見には全く同意できない気持ちでした。私たちは互いにひと言も交わすことなく善知鳥家に帰りました。夕餉の席で事情を知った泰誠さんは渋い顔をしていました。

泰誠
 かばねさん、子供の喧嘩に口は出さんでもらいたい。

かばね
 喧嘩なもんですか! 一方的に殴られてるだけよ。

宗一郎
 そんなことない! 俺だって何発かは殴り返しとる!

かばね
 そんなつまらない意地を張って怪我したってつまらないでしょう。

宗一郎
 男にはどうしたって引けない時がある。女にはわからん。

かばね
 まあ! なんて意地っ張りな!

こばと
 どう考えたって、今日のことは姉さんが出しゃばり過ぎですよ。
 宗一郎君の面子のことも考えてあげてくださいな。

かばね
 何ですって!?

三郎
 一朗兄ちゃん、かっこいい。

幸恵
 三郎ったらすっかり宗一郎君のことを慕うようになって。でも宗一郎君のようなお兄ちゃんが面倒を見てくれると思うと、私たちも安心して東京へ帰ることができます。

こばと
 でも信男君と三郎君がどうしても寂しくて仕方ないというなら、こばとが残ってあげてもいいですよー。

かばね
 あなたは明日、東京に帰るのよ!

こばと
 はーい。

泰誠
 お二人さえよければ、いつまで居てくれてもかまわんのだが ......

かばね
 とんでもない。こんな大食らいの居候を置いておくような迷惑はかけられませんわ。それに私も東京で仕事があるので、やはり帰らないと。

泰誠
 そうか。残念だな。

こばと
 本当に残念ですよー。

幸恵
 こばと先生は、ご飯のある所に住んでいたいのよね。

こばと
 そうなの。こばとはいつでもご飯の傍にいたいのねー。今夜でこの美味しいご飯とお別れかと思うと、もう悲しくてたまらないのねー。

かばね
 みっともないこと言うんじゃありません!

こばと
 ...... また怒られた。

<第10話に続きます>

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